安倍自民が終わり、国民ファースト党が台頭しても…。

安倍政権の退陣は時間の問題ではないだろうか。
応援していた新聞やマスコミももう見放しているようだ。
こうなると案外早いかもしれない。


東京都の議員選挙で、自民党が惨敗、小池百合子率いる都民ファーストの会が圧勝。
さっそく調子に乗って国政に打って出るようである。
国民ファースト党とやらを作るだろう。
はじめのうちはあまり深く考えていない新しもの好きな国民は彼らを支持し、大阪の維新の会と同じく大きくなるかもしれない。

これは憂慮すべき事態なのだが、ある意味チャンスでもあるな、と思った。
自民、民進党から出て行ってほしい人がたくさんいる。
自民も民進も日本会議の議員や、CIAやアメリカ筋とつながっていたり、長州薩摩の応援団の議員がうようよしているからだ。
すっきりわかりやすくなるのではないかと。
これで民進党はすっきりした野党になるはず。小さくなるだろうけれど。
そのためにはしばらく国民ファースト党が大きく人気を保っていたほうがいいのかもしれない。

それで、政権を取りにいくだろう。
小池さんは最終的には自民党に合流するはずで、うまくたちまわって、自民党を復活させた立役者になるわけだ。
政権を取って小池総理大臣を誕生させることが彼らのシナリオなのかもしれないが、そんなに簡単にいくとは思わない。
じきにこの新党の内容がだんだんばれてきて、結局は安倍政権と同じ極右思想、憲法改悪、国防軍創設などの目的があるとわかり、支持率が下がっていく…。はず!国民は何度もだまされ、翻弄されてはたまらない。
スポンサーサイト

来年明治150年、政府が推す明治ブームにはまどわされないように。

東京新聞の記事は私の今の関心にドンピシャでした。
こちら特報部
「勝てば官軍」史観に異議! 
来年明治150年
東北では「戊辰戦争の節目」
敗者の歴史に光を
北海道150年アイヌ文化発信へ
「和人ファースト」脱却
政府が推す明治ブームに危機感
の見出し記事。

ちょうど、私は明治維新の本の三冊目を読んでいました。
「明治維新という幻想」森田健司著です。


いかに会津藩が江戸庶民にとって希望の星で、正義の味方だったのか、
戊辰戦争で気高い精神で戦った庄内藩、それに比べて長州薩摩の新政府軍がいかに野蛮で冷血な戦い方をしてきたか、
今の東北、福島の被害、今も政府の東北にたいする冷たい視線を考えると朝敵とされてきた藩の悲劇はいまも続いているのか、と思えていた矢先だったので、おおっと思ったのでした。

明治維新で新政府軍は近代化のために戦ったのではなく、ただ「私欲」に突き動かされた薩長が、政権を獲得しようと暴れていただけだったということも知りました。
会津藩の政治への態度は家訓としてあったのは、
「政治は利害ではなく、道理に基づいて行われなくてはならない。また、評議には「私意」を挟んではならず、そして争う場合にも「我意=わがまま」を介してはならない。」
という立派なものだったそうで、こういう事実を考えるとこれほど立派なほうが負け、どんな汚い手を使ってでも勝ったほうが正しいとされる、勝ってしまえばこっちのものという歴史のその現実を知ってがっかりしたのでした。政治家がそういう精神ではいい世の中になるはずがないでしょう。

その汚い手を使って勝った明治政府を礼賛する今の政府も私欲だけで、弱い者も守らず、今だ、イケイケドンドン、道徳心もなく政権を動かしているので同じ精神構造だと言えます。
もちろん、こうやって明治維新を一方的な見方をすることはいけません、歴史は一方的な見方からしか伝わらないのでしょうが、あらゆるほうから目や耳をふさがずに知ることが大事だなあと思う次第です。

早くこの明治政府からの薩長の呪縛を解きたいものです。
そのためにも政治家選びで、北海道、東北、沖縄の人が多く選ばれるべきだろうと思いますが、短絡的でしょうか。

安倍政権を支持しない人は93%(森本毅郎スタンバイ調べ)

6月17日東京新聞
高村薫さんへのインタビュー 
「共謀罪と国会」より

国会は死んだのかもしれない。「共謀罪」法を成立させた国会を見てつくづく感じました。(中略)
有権者の多くが、まだこの政権にげたを預けているのは、戦後72年の繁栄と安定に寄りかかっている慢心でしょう。


本当にそうだと思います。
今回の国会を見ていて、安倍政権は形骸化している議会を馬鹿にして利用して軽くいなそうとしている姿勢が目立ちました。
野党の追及に、余裕とテクニックでいなしていけば、やっている感じがあり、さらに野党を無能、低俗なものにおとしめようとする戦法を使っていました。
まさに印象操作をしていたのは安倍さん自身でした。
これにだまされる国民がいるのは事実です。
いまだ自民党支持者が多いことは、高村さんのいう慢心かもしれません。

記事後半に、国民も情緒で動いているから、理性で動いていない安倍総理を容認しているのだ、という指摘も当たっているなあと思います。
安倍総理の憲法改変発言の悲願など論理に欠け、底の浅い情緒だけ。国民もそうなってしまっているからなのでしょうと。
私たちの社会に欠けているのは、そういう理性ではないでしょうか、と問いかけておられる。
まさにその通りだろうと思います。

TBSラジオ、「森本毅郎スタンバイ」では、安倍政権を支持しますか?という問いかけをしたら、なんと93%が支持しないとなったそうです。
あまりにも政府発表とは違いすぎです。実態がこれ、政治に関心のある人たちは9割以上が支持しないのです!

もう瀬戸際まできました。奢れるものは久しからず。

我が世の春とばかりに、好き放題に法案を通し、反対する野党の言葉に耳もかさず、冷笑し皮肉を言い、
結局は数の力で押し切る安倍政権。
調子に乗って軽かった。
そんなあなた方を国民は厳しい目で見るようになりました。
奢れるものは久しからず、です。
そして、ついに、現れました!文科省の前川前次官が加計問題の真実を発言してくれました。
もういくら、菅官房長官が汚い言葉で彼を貶めて言い逃れようとも、
安倍さんが規制緩和、岩盤規制に穴をあけたと協調しようとも、
それは印象操作ですよ、とばかり言っても、
読売新聞が出会い系バーに通っていた記事を書こうとも、
NHKが国会中継を控えても、すべて無駄です。

我々は事実が知りたいだけです。
前川さんと安倍さん、
どちらが人間として信頼できるか?品位があるか。
わかります!

明治政府と安倍政権の類似

今の安倍政権下の日本のこの悲惨な状態が、なぜなのか、それを
理解するには、 明治維新の謎を明かすことが必要のようです。

明治政府の成り立ち、維新の経緯は最近のいろいろな話題からも知っている人も多いと思いますが、
端的に言うと、明治政府は長州と薩摩のクーデター政権なのですね。
さらに言えば英国武器商人とつながった人たちのクーデター。
明治天皇もその時に長州の田布施の人間に入れ替わったという説が飛び交っています。
仮にそうでなくても、明治政府が天皇を利用する必要があったのは確かです。

明治政府はそれまでの江戸時代の日本では天皇の地位は今のように神格化されておらず、隅に追いやられていた感じでした。
そもそも、明治になる前の日本は、武士たちが天下を取っていたころ、天皇が政治の中心になること(当時は天皇とは言わずに大君や院、院政)は少なく、権力争いや乗っ取りなど当然色々ありましたが、江戸時代に入り、あまり影響力はありませんでした。

明治政府は戊辰戦争で国家が弱っていたので、なんとかしようと考え、天皇を神格化しようとしたようです。
(国をまとめるには武力よりも精神的な支柱があればまとまりやすい。)
天皇に対する畏敬の念を国民に浸透させる施策を行うことになり、
「五箇条の御誓文」や
年号をつけること「一世一元」の制や
行幸を復活、各地を天皇が回るなど行いました。
そして1872年に大日本帝国憲法で天皇は日本の統治者である、と定められました。
そこには徴兵制度も天皇が軍の最高指揮官になることも明記されました。
1890年今話題の「教育勅語」も制定されたのでした。

江戸末期は狂句に、
「江戸の豚、京都のちんに追い出され」
とうたわれたほどだったそうです。
(江戸の豚とは徳川慶喜、当時豚肉を食べたと話題になっていた。)
(京都のちんとは、天皇の朕と犬のチンとかけた言葉。)
そのくらいですから、雰囲気がわかるというものです。
今よりものびのびと自由な感じですね。江戸時代は…。


続きを読む»

プロフィール

newten

Author:newten
2008年9月リーマンショックの金融危機から日本の政治経済に目覚めた普通の主婦です。今までB層とバカにされていたと気がつきました。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード