ニューテンの部屋

政治経済関係の本の内容紹介とその勝手な独り言など書いています。

平等な社会って?

閉塞経済―金融資本主義のゆくえ (ちくま新書)閉塞経済―金融資本主義のゆくえ (ちくま新書)
(2008/07)
金子 勝

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またこの金子勝氏の本の内容から要約、抜粋させていただきます。

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平等な社会とはいかなる社会なのでしょうか?
平等と言うと、共産主義に近いイメージを抱きがちです。
しかし社会主義国家は現実には自由を圧殺してしまったために崩壊を招き、
おそらく完全平等という理想型の社会は、市場主義が世界をフラットにして
経済成長させてみんなをハッピーにするという新古典派の描く世界と同じくらいに
虚構のロジックです。
実際にマルクスは共産主義になると物質的に豊かになり、個的自由を謳歌する千年王国のような理想郷をイメージしていただけです。その意味では新古典派経済学とマルクス経済学はどこか原理主義としての共通性を持っていると考えられます。

市場原理主義に基づくグローバリズムが悲惨な結末を迎えつつある現在、われわれはあらたに考え直さねばならない地点に立たされているのです。

まず平等というのは最低限の生存権を保証することで、自由な競争が複数あって、社会の中に多様な価値が存在しているということが重要になります。
平等な状態というのは運動会でみんな一斉にゴールさせることではありません。
美術でも数学でも国語でも理科でも同じように競争が存在し、それぞれを評価する社会的ルールが必要になります。

多様な価値が存在しているから、一本のものさしで比べられないようにすることが、平等な社会のために必須な条件といえます。

成熟した社会では無駄や非効率なもので埋まっています。おいしいフランス料理やすし屋は値段が高くても食べに来る人、評価する人がいます。

競争が複数存在していて、単一の尺度で評価できないことが重要となります。

たとえば、優れた農家と立派な医者のどっちがえらいか比べようがない。
そういう社会が求められているのだと思います。


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本当にそうだなと思います。人間はひとりひとりが複雑に個性を持ち、誰一人として同じではないのですから、ひとつのものさしで評価されることは屈辱です。多様性を認める成熟した社会になれば自殺者もうつ病もへるのではないかと思います。
思ったのですが、人間も自然界に学べば、良いのですね。
陸のライオンと海のサメのどちらがえらいのでしょうか?
比べることはできませんよね。
住み分けしてお互いに干渉しないで、必要以上に獲物をとらないで暮らしている動物界。
弱肉強食だけだったら、自然界には強い大型動物しか居なくなるはずなのですが、そうならないのが自然界ではないですか。
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  1. 2008/12/29(月) 00:14:01|
  2. グローバリズム
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「機会の均等」と「結果の平等」

閉塞経済―金融資本主義のゆくえ (ちくま新書)閉塞経済―金融資本主義のゆくえ (ちくま新書)
(2008/07)
金子 勝

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複雑な専門用語ばかりで、開いたら、一気に読む気がなくなるような経済本の多い中、
この金子勝氏の本はとてもわかりやすく、優しくいい感じの文章なので読みやすく、そしてかなり勉強になりました。
以前から気になっていた新自由主義派のもっともな考え、「機会の均等」を目指す社会について、どの点がおかしいのかが、書かれていたので、すごく納得できました。
その内容を一部、要約して抜粋させていただきます。

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フランス革命では『自由・平等・博愛』が旗印になりましたが、
「自由」と「平等」は両立しない感覚があります。
「機会の均等」と「結果の平等」が矛盾する、どこかこの2つは両立しないのです。

市場原理主義の新古典派(構造改革派)はどちらかというと、
「機会の均等」さえ保証すればいいと言っています。(みなが同じスタートラインに立てること)
結果の平等を目指して所得の再分配をすると、能力があったり、努力している人が怠けている人や能力のないものにお金を奪われてしまう、足を引っ張られてしまう、経済に活力が奪われてしまうという考えです。

でも、この考えには「時間」という考えがないのです。いったん、平等を壊すのはすぐにできますが、戻すのに時間がかかってしまいます。また政策がもどればすぐに戻るようなものではないのです。いったん出来た格差は戻れないのです。

北欧諸国の例から、長い目でみると「結果の平等」を重視すると、「機会の均等」を保証するという結果になりました。

新古典派が「機会の均等」を実現しようとしたら、相続税は100%取らねばならない、という論理にな
ります。そうしないと世代にわたって、「機会の均等」が保証されないからです。皮肉なことにマルクス
主義と同じ結論にいたることになってしまうのです。

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本当に皮肉なものです。
まるで相反する、反対方向へ進んでいるはずの思想が同じ政策にたどりついてしまうとは!

やはり金子氏は新古典派の市場原理の考えの「機会の均等」を目指す社会政策はあまり良くないだろうという結論だと思います。
お金のある人が、努力しない人、怠けてる人にまで金をあげたくない。なんだか狭量な考え方で嫌な感じがします。自分はこんなに努力してるんだから、報われて当たり前だというわけでしょうが。
しかし…、能力があるとかないとか、ひとことでいいますが、どういうことでしょうか?
ひとつのものさしで図った場合の能力のことなのか、つまり偏差値だったり有名大学に入ったりなどもあるでしょうし、たまたまその人の能力が生かせない場に居る時、その人は無能になってしまうけれど、別の場では能力があるということになるし…。運がいいとか、悪いとかそれぞれで変わっていくものですよね。
そして、一度失敗したら這い上がりにくい社会になってしまうため、「機会の均等」はスタートラインだけのこと、途中から這い上がることが難しくなる厳しい社会になるのではないかと思いました。

相反すると思われた思想も極端に走れば同じになっていくんですね。やはり単純にワンフレーズとかワンワールドではありえない。右か左かではなく、複雑で多様な価値観こそ、必要だと思います。このことはまた次回でつづけます。

ワンワールドをめざす人たちがいますが、彼ら(グローバル化を進める人や陰謀論でいう闇の権力者)は多様性、多様な民族などを認めたくないのでしょうね…。
  1. 2008/12/28(日) 18:16:01|
  2. 新自由主義・市場原理主義
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企業の内部留保

御手洗会長 なぜ内部留保を使わない (ゲンダイネット)

この記事にあるように、最近の日本の企業の行動はおかしいですね。
かつては、企業は利益で、雇用を増やしたり、賃金を上げたり、あるいは下請け会社の単価を上げたりして景気が広く裾野に及ぶように行動してきたそうです。
しかし、構造改革路線が始まった1990年代後半から、こうした行動をとらなくなったのです。

非正規雇用を増やし、賃金もどんどん下げて、輸出競争力だけに頼って、そういうことだけやりつづけて、莫大な利益を抱えることになり、日本の国家資産の80兆円に匹敵する規模の内部留保を貯めていながら、あえて分配しない。労働分配率を上げずに下げていく方向だったそうです。

この内容は金子勝著↓にありました。
閉塞経済―金融資本主義のゆくえ (ちくま新書)閉塞経済―金融資本主義のゆくえ (ちくま新書)
(2008/07)
金子 勝

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小泉内閣になってから少し景気が良くなったと新聞にあっても、生活に実感がわかなかったのはこういうことだったのかと思います。すべてが構造改革の名の下の改悪によるものではないですか。

輸出に頼っている現状で、今回こうなったので、致命的な打撃なのでしょうが、企業の自業自得な気もしてきました。内部留保とやらを出してもらえば、従業員を救えるのに、いまや昔の日本企業の家族的な雰囲気はなくなってしまい、モラルも思いやりも人情もなく、金勘定だけの人間がトップに立っているのだなあと嘆かわしいです。

しかし、そんな中、大分県杵築市の大量雇用創出、学究社という進学塾の大量採用のニュースは心温まりました。受け皿を作ってくれる、社会のために動いてくれるというのは、なんて素敵なことでしょう。
  1. 2008/12/23(火) 14:32:10|
  2. 新自由主義・市場原理主義
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税制改革のこと

最近、森永卓郎さんのコラムを愛読している。
12月15日のコラムは「庶民の手元にカネを回す税制改革政策をせよ」
12月12日、自民・公明の両党が与党税制改正大綱を発表、その内容について意見を述べておられました。
1.所得税の最高税率の引き上げ
2.低所得者の所得税優遇
3.消費税率の引き上げ
4.法人税率の引き下げ

1,2についてはだいぶ時代が変わったなと感じたという。小泉竹中路線では考えられなかったこと。
でも3,4についてはおかしいと苦言を呈している。

特に法人税を引き下げることで企業の体力をつけるためという政策らしいが、ものを買う消費者がいなくて、企業が設備投資してたくさんの物を作っても仕方ない。デフレになるだけだという。
本当にそうだと思う。

先週、テレビで国会中継を観た。その中でのやりとり

またいち氏…消費税を上げたりするよりも、法人税や所得税を上げたらいかがでしょうか?

麻生総理…法人税、世界の基準は下がっている。それに合わせている。法人税を上げると海外に出ていくようなことになる。よって法人税を上げることはできない。それから所得税も同じ。

ううむ。そんな理由で法人税を上げられないのかと驚いた。
所得税も同じ理由って、どういうことでしょうか?
お金持ちがいやがって海外移住してしまうからってことでしょうか?
でも所得税は上げることになったようである。最高税率を上げるって言い方ですが。

森永氏は、低所得者の所得税優遇で、たとえば年収400万円の人の所得税6万円として仮にそれがゼロになっても、消費税5%あがると年間約14万円程度かかり、結果、増税になるという。

やっぱり、今までの小泉竹中改革、新自由主義から方向転換するわけでもなく、中途半端だと思う。ちょっと試算すればわかることで。これもアメリカから怒りを買わないような配慮?
年次改革要望書が来る前の日本の税制にもどれないのかな?

森永氏の主張、”庶民の手元に金を回すような改革”を目指して欲しいと思う。
  1. 2008/12/17(水) 12:03:32|
  2. 経済
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「悩む力」を読んで

悩む力 (集英社新書 444C)悩む力 (集英社新書 444C)
(2008/05/16)
姜尚中

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ごく一部ピックアップしてみます。

ちょうど100年前の19世紀末から20世紀にかけて生きた夏目漱石とマックス・ウェーバー。
そのころと今の時代の悩みが同じであると筆者は考察している。
この2人は文学者と社会学者という違いこそあれ、同じ悩み、苦悩していた点が似ていると言う。

現代の特徴は「グローバリゼイション」だが、
100年前も明治にかわってちょうどグローバリゼイションの始まりと言ってもいい頃である。
そして、「自由」。
共同体を解体する市場経済は「悪魔のひき臼」と言われた。

文明化された現代の我々が皆幸せか?というとそうではなく、
人間関係も殺伐として味気なく、孤立感にさいなまれている。
変化のスピードが早く、絶えず変化を求める一方で
不動の価値を求める心がある。
相反するものに精神は引き裂かれている。

漱石は
「文明というのは、世に言われているような素晴らしいものでなく、文明が進むほど、人の孤独感が増し、救われがたくなっていく。」と語っている。
作者カン・サンジュン氏が大学に入って、マックス・ウェーバーを知り、夏目漱石と同じような眼の持ち主だと気がついたそうだ。



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  1. 2008/12/15(月) 15:41:14|
  2. 雑感
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新自由主義の崩壊

今朝の新聞に”「新自由主義」崩落の年”という記事があった。(2008年12月10日読売新聞)

内容は9月15日以降、世界経済の現実に分析と展望をする様々な論壇が出てきたことを紹介していた。
様々な分析(金融立国、貧困ビジネス、医療費削減など)があるが、これら共通の根はここ20~30年ほど席巻していた「新自由主義」がもはや力をもちえないことを明確にした年だといえるとあった。
事はもっと深刻かもしれない。人々の心に19世紀ロシアのようにニヒリズムが蔓延する社会となっていると指摘する人もいる。…という内容である。

最近またドストエフスキーの作品が売れたのもやはりその現れに違いない。
社会情勢によって人間の心に及ぼす影響はすさまじいと思う。
新聞の記事にこういう論調も増えてきていい傾向と思う。

が、反対に小泉氏らが「郵政民営化を堅持し推進する会」なんて立ち上げてる自民党内の動きがある。麻生総理の人気がなくなったと見るや、さっさと応援はやめたほうが、自民党が生き残れると思っているんだと思う。自民党自体の人気が落ちるのを恐れている面もあるし、小泉氏がかつて郵政民営化で大勝利した民意をすべて吸い上げていると思い込んでいるのかもしれない。
しかし、あの時の民意の大半はB層と影で言っていたらしい(私も含む)人たちの票でもある。
かんたんに浮動する票もある。
多くの人がこの改革はおかしいと感じ始めていると思う。
もちろん数字には出ていないけど、ずっとあのままだと思えない。
小泉改革で痛みだけが残り、肝心の天下りや官の解体にはあまり手をつけていなかったと思う。
アメリカに日本の金を流しただけだとわかっている人も多くなっていると思う。

選挙には民主か自民かでなくて、新自由主義路線か、そうでないかと2つにわけてもらって投票させて欲しいものだ。
  1. 2008/12/10(水) 14:17:03|
  2. 新自由主義・市場原理主義
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「世界と日本の絶対支配者ルシフェリアン」

世界と日本の絶対支配者ルシフェリアン世界と日本の絶対支配者ルシフェリアン
(2008/11)
ベンジャミン フルフォード

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9.11から端を発して、闇の勢力があることがわかったフルフォード氏が、
その勢力は世界のロックフェラーやロスチャイルドをはじめとする大資本家のことを指すかと
思われたが、そこがゴールではないと気がついた。

旧約聖書の創世記の中に出てくるニムロードは、この世で最初の権力者で、
かつあの堕天使ルシファーの子孫、強大な力をもつことで邪悪になり、自らを神と名乗ったそうだ。
ニムロードは悪魔を信仰していたという。
その悪魔教をあがめている子孫が今の闇の勢力の正体であるという。

聖書にかかれている(ユダヤ教でもキリスト教でもおなじく)予言によると
”最終戦争が起きて、地球が火の海になって、その後、救世主が現れて、信者だけが助かる"とされている。

彼らはその予言を都合に良いように使い、「人工的に世紀末を起こして、中近東を中心とした王国を作り、そこから人類を支配する」最終目的を持っているようなのである。

そうやって考えていくと、今までの世界の歴史で起こった革命や戦争がほとんど、彼らの策略の中であえて引き起こされ、その結果、彼らに権力と金が集まるようになったということがわかる。この本で、その内容が細かに検証されている。

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  1. 2008/12/08(月) 11:36:10|
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裁判員制度の討論会を見て

きのう、NHKの生討論、裁判員制度のことをやっていた。
全部観たわけではないが、最後のほう、一般の会社員の方が、
ついに「年次改革要望書」という言葉を出してくれたので、
おお、やったー!と思った。

急に決まったと感じる裁判員制度。
不思議に思う人が多かった。
この制度導入を急いだのもアメリカの意向ではないか。
いまやアメリカは弱っている、もう怖がらなくてもいい、だから従う必要はないと思うが。
今度の選挙の際、裁判官の○×のところに×をつけるとこの制度を作った人を否定できるそうだ。

一般人の討論会のほうが、政治家同士の話し合いよりも
ずっと生き生きして、ためになり、正論であり、賢いと思った。
  1. 2008/12/07(日) 13:34:16|
  2. 対米関係
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金融危機のおかげで

9月15日以来、世界金融危機になって、
本でアメリカの貧困の実情を読み、
年次改革要望書の話を知ったら、もう知らん、では済まされないと思うようになった。
こんなB層の人間も目覚めてしまったんだから。
もうだまされません。
小泉竹中内閣の改革の時はなんにも知らなかったから、
小泉さんはわかりやすくていい感じだし、どんどんやってもらいたいと思った。
あの時、深く考えて投票した一票と私のように雰囲気で投票した人の一票が同じなのだから困ったもんである。反省。

しかし金融危機のためもあってか、新自由主義路線の改革がストップしている。
自民党内でも社会保障費抑制の方針もやめようとしているようなのでよかった。
毎年2200億円も削ろうとしていたのだから、驚く。

昨日のサンデープロジェクトで竹中平蔵さんひとりを呼んで弁明させようとしていたが、今聴きたいのは彼の話ではなく、できれば、亀井静さんや森田実さんや市橋克人さんなども呼んでこれからどうして行くべきかという話をゆっくり聞きたかった。

科学の世界では正解がひとつで、真理、原理がひとつなのだけれど、政治経済の世界は人間の行動や心理がからんでいるからか、これひとつが決定的に素晴らしい正解の政治経済のやり方だ、というものはないと思われる。いくら統計から計算してもその通りにうまくいくとは限らない…。
ミルトン・フリードマンらの新自由主義は自由に能力を生かせる場を提供するといったきわめて自由を尊重する主義だと思う。どんな悪条件で生まれてきても、努力さえすれば(頭脳が優秀ということは努力だけで間に合うのか疑問もあるが)、成功でき、かつ億万長者になることも可能な世界。
だが、運悪く落伍した場合、ちょっとサボってしまった人には這い上がりにくいため、弱肉強食の世界と化した。それを見放す冷酷さを持って生きていくことができる人には都合が良かった。

今は人間の欲望をむき出しにしたらとんでもないという考え方こそ、必要ではないか?
人間の欲望を暴走させないシステムは、悲しいかな、人間にはやはりまだ必要でしょう。

  1. 2008/12/01(月) 14:15:40|
  2. 新自由主義・市場原理主義
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