地震、津波の歴史と防災

大惨事になってしまいました。
一人でも多くの命が助かりますように。
一日でも早く避難された方が暖かい場所で、安心できる状態になれますように。

日本は地震大国である、と知っているつもりで、
あまり詳しく知ろうともせずに暮らしていたことに気がつきました。
阪神大震災(1995年)の時、怖さを知り、防災グッズをそろえ、
家具に転倒防止器具をつけ、防災リュックを作り、と備えていたのですが、
あの時は、ただ自分の周りの安全のみに気を配っていただけなのかと思います。
もう一度気を引き締めて、日本の人々がこれ以上災害に会わないようにしなくては、と心から思います。
日本は地震や津波にたびたび襲われていた過去を知らなくてはならないと思うのです。

津波災害――減災社会を築く (岩波新書)津波災害――減災社会を築く (岩波新書)
(2010/12/18)
河田 惠昭

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新地学 (チャート式シリーズ)新地学 (チャート式シリーズ)
(1987)
力武 常次

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地震には直下型とプレート境界型地震があり、今回はプレート境界型です。
三陸沖の日本海溝は太平洋プレートがもぐりこむ場所で、年に10cmずつ西へ押し込んでいるのですが、
その固着面がストレスに耐え切れなくなり、一気に跳ね上がったのです。
その深さはなんとエベレストの高さ8000mもあります。固着面がぴったりとくっついてなかなかはがれない面のために、起こった時は巨大なエネルギーになるようです。

三陸の大津波がどのくらいの頻度でやってきたのでしょうか。
記録に残っているもので、
 名前         西暦
貞観の大津波      869年
慶長の三陸津波     1611年
延宝の三陸大津波   1677年
宝暦の三陸大津波   1763年
安政の三陸大津波   1856年
明治三陸大津波     1896年
昭和三陸大津波     1933年

この間隔を調べてみると、最初は742年もありましたが、
その後は66年、86年、93年、40年、37年という間隔です。
今年2011年は昭和の大津波から78年の間隔が空いていました。
こう考えると、三陸の大津波はいつ起こってもおかしくないものでした。
もちろん、それを想定して、岩手県釜石市など立派な津波防波堤が作られていましたが、それも壊されてしまい、役に立たなかったのです。

河田教授は本で、津波災害の避難の仕方について詳しく書かれています。
避難は徒歩が基本で、普段からの訓練はいざと言う時の心の安定にもつながるので重要。
歩けない人などは車で、前もって決めておくと良い。
避難するとき、大声で回りに教えながら、走るのが一番で、ほかの家に寄って声をかけたりはしない。
ほかの家に寄っても結局逃げた後だったということが多く、時間がかかってしまう。
川は河口から登るので、川から遠ざかる方向へ逃げる。
津波になる時は地震の揺れは長い。長かったら即逃げ出すのが良い。

*****
日本では、西暦416年の河内の地震を始めとして、400を超える地震災害があったことがわかっています。
日本はまさに地震列島と呼ばれる所以です。
外国で中国、トルコ、イタリア、ペルーが多く、1755年、ポルトガルのリスボンでは6万人の死者を出した災害や、中国の1976年の唐山地震は大きな被害がありました。

関東の大地震は
安政江戸地震(1855年) 江戸直下型 震度6強
 関東大震災(1923年) 神奈川県三浦半島 鎌倉~小田原 相模湾岸 震度7、東京 震度6

江戸時代から大正の地震に68年の間隔があります。そして今は88年目なのでやはり要注意です。
関東大震災の死者は火災が主だったために膨大な被害者が出てしまったのですから、それを教訓にしなければならないです。

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2008年9月リーマンショックの金融危機から日本の政治経済に目覚めた普通の主婦です。今までB層とバカにされていたと気がつきました。

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