「拒否できない日本」

拒否できない日本 アメリカの日本改造が進んでいる (文春新書)拒否できない日本 アメリカの日本改造が進んでいる (文春新書)
(2004/04/21)
関岡 英之

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とてもわかりやすく読みやすく、ためになる本だったので要約してまとめてみました。
知らなかった!とショックを受けました。
知らずにだまされていたと。
一人でも多くの方にこの本を読んでもらいたいと思います。
以下、要約した一部の紹介です。
****

発端はささいなことだった。建築家の大会に出た筆者は、建築業界の改革もどうやらアメリカンスタンダートが波及、中国もそれを支持、日本は締め出されて取り残されそうになっていると気がついた。

色々調べるうちに、阪神大震災のあと住宅建築などの法改正が行われたのは消費者のためでなくアメリカの木材輸出業者の利益のためだったとわかった。

しかし、アメリカ側は何も隠していなかった。米大使館HPには日本に出している年次改革要望書は掲載されているが、日本のマスコミは報道しなかったのだ。
これは陰謀でもなんでもない、アメリカによって対日政策としておおやけにされてきたことだったのだ。この驚嘆すべき恐怖の事実になぜ誰も気づかなかったのか。

1993年、宮沢クリントン合意によって始められた「年次改革要望書」。
1994年から毎年定期的に出されるようになった。
日本に関する内政干渉としか表現のしようのないものである。

アメリカは70年代から対日貿易赤字の原因は日本にあるとしていた。なかなか解決できず、内政干渉しても日米双方のためと主張するアメリカ側の調査研究結果が出て、「日米構造協議」という1989年から決まったものだと言う。ブッシュ・シニアー、宇野総理のころで、日本の国へ立ち入るぶしつけで具体的な要求だったという。
これを第2のアメリカの占領政策だと言った人がいる。反発はもちろんあったが、何故か国内では同時に歓迎する声も出始めた。消費者団体や規制緩和を推進しようとするグループは賛美した。もちろん日本の制度には問題点があったが、外国からの提案で本当に国民の為の改革になるのかという疑問を持つ必要があった。

完全に双方向にならない「日米構造協議」。
この日本語訳は意訳で、実は「構造障壁イニシアティブ」といい、アメリカが日本の市場に参入しようとする上で邪魔になる構造的な障害をアメリカ主権で取り除こう、という意味である。
アメリカがイニシアティブと言い続けているのに、日本ではその言葉を使いたがらない、協議という意味はまったくない。このことに注意しなければならない。
これを考えた犯人はアメリカ財務省だった。日米円ドル委員会が84年に設置された。日本はこのとき、円高ドル安はこちらのせいではない、と反抗した。アメリカのリーガン財務長官は激怒、結局抗しきれず色々な規制緩和をした。
アメリカの企業の陳情があってそれにとびついた。リーガン氏は実は証券会社メリルリンチ社の元会長だったという。

イニシアティブのメカニズムのルーツは85年、レーガン政権「プラザ合意」とセットになっていた。「プラザ合意」はドル安に調整するため為替レートを人為的に調整できるようにしたこと)88年「スーパー301条」と呼ばれる悪法。要はアメリカにとって不利益なものは不公正と決め付けられるわけだ。
85年当時は日本は黒字国で景気が良く、アメリカは負ける、という危機感からだ。当時西ドイツにも内需拡大と協調利下げの同じ要求をしたが徹底的に抵抗し、ドイツは利下げに応じなかった。共和党は日本にとって良い、といい続けてきたために、その時、日本もドイツと同調すればよかったのだが、なぜかドイツを非難し、西側の結束を乱したドイツはけしからんという感じだったそうだ。
こういう優等生気質の日本は90年にバブルを生み出し、90年代を棒に振った。
その間ドイツは着々とヨーロッパを統一にとりくみ、ユーロ圏創設に導いた。いまやアメリカの言いなりにならずにやっていこうと踏ん張るだけの基盤を築き始めている。

会社経営の会計基準というのがある。各国ばらばらだったものをそれに国際統一ルールをもうけようと会議があったが、アジア人は日本だけで、あとはほとんどがアングロ・サクソンだったという。結局日本の案は無視されてアメリカのやり方で決定された。今まで日本を支えた独自のシステムが死んでしまうことになった。

さらに商法も大改正が2002年あり、アメリカ型経営組織導入のための改革だった。アメリカは外部からの役員をたくさん登用するため、日本のように下から上がってくるのではない。日本は平社員から社長まで家族のような帰属意識が生まれるが、全く異質なものになる。しかしさすがに強制できず、選択できるようになった。採用したのはオリックス、ソニー、日立製作所など数社だった。

アメリカに上場している外国企業すべてに対し、本社もアメリカ型経営制度に変更しろと言ったが、これは欧州企業からも苦情が殺到し、外国企業は例外と妥協した。

何故、こんなに急がれているのだろうか?
つまりこれも「年次改革要望書」の要求のひとつなのであるが、アメリカ人が日本の会社をアメリカに居ながらにしてコントロールできるように手を打っているようだ。日本企業を簡単に買収する目的が見え見えだ。日本にはM&Aを活発化させるための方策を考える対日投資会議まである。国を挙げて身売りのしたくに余念がない。

企業だけでなく、官庁もアメリカのコントロール下におかれそうである日本の独占禁止法などの監視をしている公正取引委員会にもアメリカはその中身を具体的に指示を出して強化し、改正をせまっている。一方で規制緩和といいながら、何故極端に公正取引委員会には正反対の規制強化をせまったのか?
それはアメリカが日本の公共事業(関西空港の建設)に入り込むことが難しかったため、指名入札制度というやりかたを非難し、不祥事を摘発しスキャンダルを出して、ゼネコンと建設業界のネガティブキャンペーンに成功、指名入札制度は94年に崩壊した公正取引委員会はアメリカの下請けのようである。

さらに日本を訴訟社会にしようというもくろみもある。これも年次改革要望書にある。まずアメリカ人の弁護士も自由に日本で商売できるようにしろというものがある。テレビでもそんなバラエティ番組が増えている。
それから司法制度改革である。①裁判の短縮化。②弁護士や裁判官の数を増やすこと。2004年、法科学院を作られたのはそのためなのだ。
③差し止め請求を強化せよ。これは、建設中のマンションが近隣の家の電波障害になったとして裁判し勝ったばあい、建設を中止、取り壊しなど命令できること。

独占禁止法はアメリカで生まれたもの。日本は終戦後GHQによって持ち込まれた。本国アメリカではずいぶん緩和されてきたのに、日本では強化せよと要求するわけはアメリカ企業の体力強化と日本企業の弱体化というむき出しのエゴがあるのである。

日本の企業の弱体化を狙ってか、集団訴訟をおこさせることを望んでいるようだ。
しかしそれだけではない。日本の官僚制、日本政府そのものをターゲットにしているようである。
アメリカの参入しやすい形にもっていくための細かい細かい準備?
「行政優位型」から「司法優位型」へ。
アメリカは異常なほど弁護士業界が巨大な政治力を持っている。これは世界の人から見ても異質である。

しかしこうしてアメリカが日本をアメリカかすることに躍起になっているのは、司法に頼らずにどうやって秩序を保っていられるのか、日本が不思議で理解できないからではないか、日本の法文化には共生や協調といった、これから地球で生きていくうえでの不可欠な叡智を先取りしている面も見逃すことができないのだがアメリカ人には理解不能だろう。まったく厄介で迷惑な隣人である。

ミルトン・フリードマンという経済学者はアメリカ政府から「自由主義の旗手」として賛美されている。市場原理主義の教祖である。金持ちに重い負担を強いる累進課税、低所得層には手厚い補助を与える社会福祉など平等主義的な政策を手厳しく批判している人物である。
この理論をレーガン大統領のころから盛んになりそれを学んだものが増えて、うまく行った。実需の裏づけのない投機取引が行われ、アジアに通貨危機が起きた時、マレーシアのマハティール大統領は勇気あるスピーチをした。
「実情を伴わない為替取引は不必要、不道徳、非生産的で禁止すべきである。」アジア諸国は密かに喝采を贈った。このとき反対したのが、世界的に有名な投機王、ジョージ・ソロスだった。しかし彼は後に金融・為替市場を自由放任にゆだねる危険性を説き始めた。

フリードマンはノーベル経済学賞を受賞した。
ノーベル経済学賞は1960年末に新設されたもので、受賞者はほとんどアングロ・サクソンであった。
ノーベルの子孫からフリードマンはノーベル賞にふさわしくないという声があがった。
金融工学でいかに儲けるかという研究でノーベル賞を取ったショールズとマートンだが、2人の勤務していたヘッジ・ファンドが破綻し、ノーベル賞に泥を塗った。
その後、市場原理主義、グローバリズムを批判したスティグリッツが受賞した。

アメリカでいう自由とは日本で考えるようなものではなく、競争でもあり、個人主義であり、極端に言えば無政府状態アナーキズムのようになる。しかしアメリカ。イギリス、オーストラリア、などのアングロ・サクソンだけの感覚で、集団主義的な社会である日本、アジア、イスラーム圏、ヨーロッパももちろん集団主義的であって、個人主義的なほうが少ないくらいである。

今日の「自由化」は英米化に他ならず、それが求めているのは、貧富の差を拡大すること、無慈悲な競争を強いること、社会の連帯意識を支えている協調のパターンを破壊することであり、その先に約束されるのは生活の質の劣化であるとロナルド・ドーア(アングロ・サクソン内部からも)は言っている。
いずれにせよ、アメリカ的価値観というものはきわめて特殊な上に民族的に偏向したものであって、決して国際社会から手放しで歓迎されるような普遍性をもっていいるわけではない。

今でも2002年にブッシュが国会議事堂で明治維新のヒーロー福沢諭吉がコンペティションを訳すのにあたり、「競争」という新しい言葉を作り出したとかいう話をしたそうだ。
あなたがたももっとキョーソーしなさいと言わんばかりのお説教を垂れるのだから恐れ入る。

あごぎな競争に躍起になり、ひたすら勝つことばかりに血眼になっている浅ましきアメリカ人よ。いまよりももっと贅沢したいのか?これ以上一体何を望むのか。もう充分ではないか。私達はつきあいきれない。放っておいてくれ。
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2008年9月リーマンショックの金融危機から日本の政治経済に目覚めた普通の主婦です。今までB層とバカにされていたと気がつきました。

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