安倍総理、サミット、伊勢神宮について

伊勢志摩サミットで、安倍総理が伊勢神宮に嬉しそうにG7首脳を迎え入れる様子を観ました。
日本会議も神社本庁も大喜びでしょう。安倍さん、よくやった!と大満足なのでしょう。

安倍総理が伊勢志摩を選んだ理由はこれだったんだ、と気がつきました。
ちょうど、リテラの記事に詳しい解説がありました。
サミットで伊勢神宮

神社は我々普通の日本人にとって、確かに民間の、昔からあるものとして大切にしてきたものではありますが、それは、お地蔵さんと同じような感覚です。道の途中の道祖神みたいなものです。伊勢神宮が一番上にあるとか、出雲大社と別系統であるとか、まあ色々あるらしいとはわかっているけれども、正月に参拝し、結婚式にも使う、という程度でしょう。キリスト教でもない人たちがクリスマスパーティをしたり、お寺でお葬式をするのと同じ感覚で。

でも、伊勢神宮や靖国神社に保守政治家がこだわるにはそれなりの理由があったようです。

伊勢神宮が遷宮の時に調べたのですが、それは意外な歴史でした。

明治前は伊勢神宮の遷宮などはなかったそうです。私はてっきり建立当時から始まった風習だと思っていましたが。
明治前はお蔭参りというのが流行って、みなお伊勢さんにお参りしていたのですが、禁止され、ぱたりとなくなったそうです。
明治維新、これがやっぱり絡んでくる話だったという話です。

以下の話は絶対正しいと言うわけではありません。あくまでも一説です。

1866年長州の謀略で孝明天皇が暗殺され、1867年、孝明天皇の第二皇子の名をかたり、長州の田布施村の藩士
大室寅之助が明治天皇として即位してしまう。田布施村系譜は似非キリスト教であった。
1869年、明治天皇(大室寅之助)が伊勢に赴き、キリスト教を祀る神殿として伊勢内宮建立の儀式を行う。
8年後、キリストの日本名である天照大神を祀る皇大神宮(伊勢内宮)を建立。
この天照大神が天皇の祖先として天皇家の万世一系の論理を展開させて、古事記や日本書紀の記述を重ね合わせた。
この企ては木戸孝光や伊藤博文らの田布施村系譜の者による謀略である。
外宮(豊受大神宮)はユダヤ教(イスラム教)の聖地、伊勢内宮(皇大神宮)はキリスト教の聖地ということになる。

そして、明治に入ってから作ったばかりの伊勢内宮の存在に対して、外宮は違和感があるために、元からあった伊勢外宮(豊受大神宮)を新しく作り替える儀式を行うことにした。これが式年遷宮。

(20年ごとに建て替える式年遷宮は1300年の歴史があり、と言われており、明治から、というのはあまりにも大胆ですが…追記)

江戸時代盛んだったお伊勢参りを禁止し、参拝者のガイドの活動も禁じてしまったのは、古い外宮参拝よりも、新しく建立した伊勢内宮のほうに重きを置き神聖化したかったからではないか、と思われます。
明治天皇以前の天皇には伊勢参拝の事実がないそうで、それ以降は伊勢に参拝しているので、明らかにここからおかしい話なのです。我々は明治以降の作られた天皇家の歴史を神格化して信じこまされてきたのかもしれません。


それで今回のサミット開催地である伊勢志摩を選んだ安倍総理のご先祖は田布施村系譜と言われておりまして、最近の日本会議という思想団体に属しているとも言われていますから、そのつながりを怪しむことは可能なのです。
先祖がどこの出身などという説は私としては嫌いで、今の天皇家が百済出身だろうと別に昔の話ですから、もう構いません。安倍総理がどこの人だろうと構いません。
そんな系譜はどうでもいいのですが、安倍総理ら自民の閣僚が今の思想団体の日本会議とか、神社本庁とかの思想にかぶれている、という事実は否めない事実で、そこから戦前の日本の雰囲気を作り出そうとしていることは事実です。

個人の自由や幸福を求めることはいけない、恥ずかしいことで、国のために国民一人一人の義務を果たすことが美しい、などという、間違った思想がはびこる、そういういやな雰囲気が漂うこの頃、とても憂鬱です。
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2008年9月リーマンショックの金融危機から日本の政治経済に目覚めた普通の主婦です。今までB層とバカにされていたと気がつきました。

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