「悩む力」を読んで

悩む力 (集英社新書 444C)悩む力 (集英社新書 444C)
(2008/05/16)
姜尚中

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ごく一部ピックアップしてみます。

ちょうど100年前の19世紀末から20世紀にかけて生きた夏目漱石とマックス・ウェーバー。
そのころと今の時代の悩みが同じであると筆者は考察している。
この2人は文学者と社会学者という違いこそあれ、同じ悩み、苦悩していた点が似ていると言う。

現代の特徴は「グローバリゼイション」だが、
100年前も明治にかわってちょうどグローバリゼイションの始まりと言ってもいい頃である。
そして、「自由」。
共同体を解体する市場経済は「悪魔のひき臼」と言われた。

文明化された現代の我々が皆幸せか?というとそうではなく、
人間関係も殺伐として味気なく、孤立感にさいなまれている。
変化のスピードが早く、絶えず変化を求める一方で
不動の価値を求める心がある。
相反するものに精神は引き裂かれている。

漱石は
「文明というのは、世に言われているような素晴らしいものでなく、文明が進むほど、人の孤独感が増し、救われがたくなっていく。」と語っている。
作者カン・サンジュン氏が大学に入って、マックス・ウェーバーを知り、夏目漱石と同じような眼の持ち主だと気がついたそうだ。



時代は「我々」から「私」へと個人主義へ向かっている。
強烈な自我のために他人を相容れない人間を描いた漱石。
自我が肥大するほど、他との折り合いがつかなくなる。
100年前はそれが神経衰弱と言われる一部知識層の心の病だったが、
現代ではこれが万人の病になっている。

この問題を解決するヒントに漱石の小説「心」のなかにあるという。
自我は他者との相互承認のなかでしか成立しないものだ。
自分を他者に投げ出す必要がある。
他者とつながりたい、認め合いたいと思うとき、どうしたらいいだろうか?
「心」の中で、先生の秘密を知ろうとする「私」に先生はこう訪ねる。
「あなたは本当に真面目なんですか?」と。
”私は人を疑い続けている。あなたも疑っている。しかしあなただけはどうも疑いたくはない。死ぬ前に
たった一人でも信用したい。”というのだ。真面目に悩み、真面目に他者と向かい合うべきで、中途半端で投げてはいけない。

18世紀のアダム・スミスは国富論で
自由な競争によってこそ、富が生まれ、豊かな社会が実現するといった。
人々の中に道徳やモラルがあり、そういう「神の見えざる手」が働いて、
不平等や不均衡は生じないと期待しました。
しかし、期待した「神の見えざる手」は働きませんでした。

近代以前は人が何を信じ、ものごとの意味をどう獲得するか、悩むことなく
生まれてきた共同体が信じてるもので良かったので、とても幸福だった。
それは「信仰」であり、宗教のようなものだが、現代ではそれがなくなって、
いちいち一人で考えて意味を考えたり、疑問を感じたりしなくてはならない。
個人の判断にすべて託されてしまって、耐え難い苦悩を持つようになったのである。

宗教などを抜きにして自分に向き合って、考えなければならない。
それは大変な負担になり、宗教のようなものに頼りたくなってしまう。
19世紀末もチャネリングなどの神秘体験が流行った。その元はすべてこの時生まれて、また現代、同じくスピリチュアルなものが流行っているのはそのせいであろう。

信仰が生きていた時代のほうが幸せだった。
「何をするのも信じるのも自由」というのはつらいもの。
人は自由に憧れるものと思われているが、実は絶対的なものに属してしまいたくもなるものだ。

しかし漱石やウエーバーがやってきたように、自分の知性だけを信じて何者にも頼らずに徹底抗戦しながら生きてきたことを、とても尊敬するとカンさんは思っている。
2人とも神経失調で苦しんできたようだが、「一人一宗教」で自分を信じるしかないと。

自分でこれだと確信できるものが得られるまで悩み続ける。
中途でやめてしまったら何も信じられなくなってしまうかもしれない。

他には、人が働くことについてに書かれていたのが印象的だった。、
お金があってもなくても働くか?その意味は?
それは、他者からのアテンション(ねぎらいのまなざしをうけること)だと筆者はいう。
他者へのアテンションも。
それから相互承認されること。自分がここにいてもいい、と他者から承認されることだと。

****
私自身、会社に勤めていて座席があって、周りから一応信用されて仕事していける環境にあったときはなんともいえない生きてるうえでの満足感、幸福感があった。

昨今の金融危機で失業問題がこれからもっと深刻化するのではないかと心配だ。
テレビ等でも派遣切りなど辛い立場の人がクローズアップされている。
仕事がないということはただお金があるかないか、食べていけるか否かだけでなく、個人の心に及ぼす問題が深刻だ。社会から切り離されて、孤独になってしまうのだ。ひとりひとりが幸せかは心の問題である。人は必要以上にお金持ちになりたいというより、安心して働くことが出来る状態があれば幸福なのだと思う。
「一人一宗教」まで到達できれば、いいのだが、それはたいへんな作業だなと気が遠くなっている。
私はいまだに到達できなそうもない、たどり着いたと思ったら、それは違っていた、また走り出し、たどり着く所は死ぬまでないのではないかと思いもする。

市場経済のことはカン氏はあまり言及していなかったが、やはり社会のあり方はとても重要なことだ。
個人の力ではどうしようもないこともある。個人の自由を尊重するあまり、広い場所にぽつんとたたずんで、何をしたらいいか、どこへ行ったら良いか、だれも助けてはくれない、どこへ行くのも自由だが、失敗しても自分を責めるだけという社会は不幸だ。
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Author:newten
2008年9月リーマンショックの金融危機から日本の政治経済に目覚めた普通の主婦です。今までB層とバカにされていたと気がつきました。

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