エンターティメントに夢中になることは悪?

最近は陰謀論の本をあまり読みたくなくなった。
ある程度読んでしまったら、みな同じに感じるせいもある。
信じているのか、信じてないのか、自分でもわからなくなった。

最近はアジアドラマにハマって、夢中になっていた。
こういう状態の人間はイルミナティや一部の権力者からみると
扱いやすいバカな人間、お荷物だが、一部娯楽に金をつかうので、利用しやすいだろうか。
あまり政治経済に疑問を抱かない、反抗的な態度をとらないおとなしい人間として。

3Sの悪夢に取り付かれて人間が堕落、政治経済をすっかり悪い奴らに乗っ取られて、気がついたら、奴隷になっているという陰謀。

陰謀論からいえば、エンターティメントの音楽や映画やテレビなどはまさに総白痴化政策の一環だろう。
しかし、音楽にせよ、芝居にせよ、踊りにせよ、始まり、起源はそうではなかったはずだ。
人間生活にこういう娯楽はなくてはならないものだ。
なんでもかんでもすべて陰謀の手に染まったものと考えたくない。
つまり、そうであるものとそうでないものを選別しなくてはならない。

確かにアメリカ、ハリウッドなどの娯楽作品にはなにか胡散臭いものを感じる。
思考停止にしてしまうようなバイオレンス、単純化した思考しかできないようなものが多い。
テレビドラマにしても、ストーリーには全く必要ないと思われる豪華な衣装チェンジ、きれいな家や部屋、あこがれるようなきらびやかな世界を見せることが多かったりすると、我々の潜在意識の中に何か働きかける力があるかもしれない、と怪しむこともできる。

生きてくうえで喜んだり悲しんだり、心動かされることは必要だし、それが人間だと思う。
現実の生活ではあまり感じられなくても、虚構の世界、作り物であっても、そこに心動かされ、また考えさせられたりすることは人間にとって、いいことだろう。何かに共感し、生きるのも悪くない。優れた名作、古典などの文学や芸術は間違いないのは当然だが、今作られている新しいエンターティメントの中にも本物はあるはずだろうし…。

陰謀論に取り付かれている人は、また彼らもその論法の虜になって、またそれに依存して生きてしまう。なんでもかんでも陰謀に見えてしまう。事実、陰謀論は面白い。だけどあんまり深入りするのも危険かもしれない。そこのところ、本当に悩む問題だ。



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Author:newten
2008年9月リーマンショックの金融危機から日本の政治経済に目覚めた普通の主婦です。今までB層とバカにされていたと気がつきました。

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