敗者への配慮を。人間は放っておくと残酷。

最近、聴き始めた文化放送の「大竹まことのゴールデンラジオ」が面白いです。
ポッドキャストでも聴けるので聴いてみてください。

話は変わりますが…
読売新聞の”「危機に問う 経済」自由競争、敗者への配慮を
の記事を読んで、
最近注目のフランク・ナイトというアメリカの経済学者の話を解説していました。

あのミルトン・フリードマンの出たシカゴ学派の始祖であるものの、
”自由主義においては『利潤』追求は安易に「行き過ぎる」”
”…悪しき情念の奴隷になりがちだ” と理解しており
”敗者と勝者、貧富の差をそのままに受け入れることは倫理的に許されない”
と主張していたそうです。


ナイトが言うには、
(すごくかみ砕いて言いますと)
社会主義経済は計画経済なので、未来の予測が確実に決まっていて、つまらなくなる。
それに、絶対的権威によって行動を強制されることもある。
しかし自由主義経済はゲームを楽しむように、リスクもあるが、未来に夢をもって進んでいけるので、人々が生き生きと生活できる。
だが、人間は悲しいかな、
合理的であると同時に非合理的。
社会的であると同時に非社会的。
残虐、利己的、無頼漢的、頑固といった情念を持つ。
 
つまり、すべての人間が志高く自制心も持っているならば、自由社会は心配なく生きていけるが、そうではない以上、残酷な弱肉強食の社会になり下がる。

こうして昔から予測のつくことだったのだが、なぜフリードマンなどの市場原理主義がはびこる結果になってしまったのでしょうか?それも人間のおろかさでしょうか。

それから最近読んだ本ですが、そこには日本における差別の話が書かれています。
差別と日本人 (角川oneテーマ21 A 100)差別と日本人 (角川oneテーマ21 A 100)
(2009/06/10)
辛 淑玉野中 広務

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本の中では「差別はする側に優越感を与える享楽である。」とあり、
たぶんそれが差別の一番の引き金なのだろうなと思う。

人間は鬼、悪魔にもなりうるのです。そんな面も併せ持っているのです。
どんな人間でも完全ではなく、未完成で、その成長の度合いは様々。

やはりある程度、人間には、ある程度規制をかけなきゃダメなんでしょう。
危なかったらブレーキをかけて、方向を間違えそうになったら、注意して、規則を作って守らせる。
そうでもしないと自由に走らせたら、人同士が傷つけあってめちゃくちゃになる。

規則を作りすぎて、がんじがらめになって息苦しくなったので、規制緩和せよ~と叫ぶ声が上がったのも、わからないでもない、うなずけるけれど、そのたがのはずし方に問題があったのだろう。
規制や規則が、弱いものを守るためだったなら、慎重にはずさなければならなかったと思う。
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2008年9月リーマンショックの金融危機から日本の政治経済に目覚めた普通の主婦です。今までB層とバカにされていたと気がつきました。

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