「マルクスの逆襲」

マルクスの逆襲 (集英社新書 494B)マルクスの逆襲 (集英社新書 494B)
(2009/05/15)
三田 誠広

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今や社会主義、共産主義はまちがっていたと思われている。
マルクスはまちがっていたのだろうか?
三田さんはその理想は決して間違っていなかったのではないか?
今の時代に、なにかヒントになることがないだろうかと考えています。

三田誠広さんといえば、「僕って何」で芥川賞をとった作家で、
私も読んだことがあります。
三田さんはまさに全共闘時代の人で、内容もそういう学生を描いたものでした。

私はそのころを知らない世代なので、今や団塊の世代と言われる人が学生だった1960年代、
マルクス主義が流行り、理想に燃えて、暴力デモや、騒乱を起こしていたこと、
それは何故、そして一体なんだったのか?についてもわかりやすく書いてありました。

当時の学生が連帯感を求めて新興宗教のように入っていったこと、
大半の学生が「資本論」を読みもせずに、マルクスに詳しかったわけでもないまま、活動していたこと、
流行であったと同時に、若者が今よりもエネルギーがあり、未来に対し、希望を持っていた感じでもあります。
しかし後半はテロ活動、仲間同士の殺人とひどい状態になって終わりました。


当時の学生で流行っていたのは、大貧民ゲーム。最初に大貧民は一番強いカードを2枚、大富豪に渡さなければいけないというルールでスタートするのですが、資本主義はまさにこのトランプゲームと同じく、大富豪はよほどのミスをしない限り、大富豪のままで、大貧民はいつまでも大貧民のままというものです。

マルクスは資本主義を続ける限り、貧富の差が開く一方で、最終的に大貧民が暴動を起こし、資本主義は崩壊すると予測しました。社会主義国家が誕生すれば、貧富の差がなくなり、国家主導でインフラ整備し、産業規模が拡大し、高度経済成長につながるといったバラ色の夢をえがいていました。


確かにソ連も最初はそれで経済大国になっていきました。
この理屈では経済成長とともに、国民の生活レベルも向上するはずでしたが、結果は全体が大貧民になりました。
一部共産党幹部のみが大富豪のような生活になり、極端な貧富の差が生まれてしまったのです。
また、言論の自由がなくなり、政府を批判することができなくなり、新聞、テレビなどを操作するようになり、最高権力者を英雄扱いして、過剰な演出をするようになっていきます。
これはまさに中世の王政、君主制と似ている形になってしまいました。


1960年に安保闘争がありました。
これはそれまでの共産党では不満になった分子が全学連を作って起こした運動だそうですが、
敗戦国の日本はアメリカに、賠償金を払うところ、その代わりに”日米安全保障条約の締結”と”米軍駐留を認める”という条件を出してきたそう。当時の日本はそれを飲んでしまったので、学生はその条件はいやだと抵抗したわけですね。米軍駐留は暫定的だと思っていたら、いまだに居るわけで…。50年たちました。
賠償金をはらえば良かったですが…。


しかし、今までの日本は実はマルクス主義国家だったと言えると言うのです。

敗戦の段階で、日本国民すべてが大貧民でした。
しかも戦前のファシズムによる統制経済を推進した官僚機構はそのまま残っていたために、
ただちにマルクスでいうプロレタリアート独裁と同様の国家主導の計画経済を実施することができたのであります。
マルクスの夢は日本で実現されたのです。

日本の官僚機構は強固で、20世紀末までは社会主義国並の統制力を持っていました。
あのカリスマ小泉が出るまでは日本はマルクス主義国家だったと言っていいと。
日本は見かけ上、民主主義国家だったが、実際は選挙で選ばれた無能な政治家が官僚の言いなりになって、社会主義的な経済政策をかたくなに守り続けていたのです。
官僚は選挙で選ばれることもなければ、選挙で落とされることもなく、したがって責任をとらなくてすむいいポジション。
もちろん、明治維新以来、日本の官僚はとにかく前のめりの経済成長を目指してきた。明治、大正、昭和の初期、官僚はひたすら、国のためを考え、産業の育成に命をかけて取り組んできたともいえます。


官僚機構を支えてきたものが3つあり、それは郵便局と国債と閉鎖的な金融政策でしたが、小泉がそれを壊してしまいました。官僚機構の支えを壊したのだから、いままでの官僚主導の経済成長ができなくなりました。

とはいえ、もう国家主導経済成長には限界がある、限界に来ていたとも言えます。

ここで日本で実現していたマルクスの夢は霧散しました。

三田氏はマルクスの逆襲がこれからはじまると言って締めくくっています。
これを書き上げた後、リーマンショックがあったとあとがきにありました。

各国の例で、マルクス主義は不完全なものと言う証明もされたものの、
途中までは日本の社会はマルクス主義的な国家主導の計画経済でうまくいっていたというのは面白いです。

社会主義国家だとしたら、官僚が共産党幹部みたいなもので、特権階級意識でいい生活、大富豪みたいな生活をしていて、老後も安泰で、好き放題に政治を動かすようになっていたわけです。
今は官僚が悪の根源という感じになっているけれど、戦後から今までは理想に燃えてがんばってくれたということにおいて感謝しますが。

こうして考えてみると、今の官僚主導はやめよう!という民主党の動きと、小泉改革の郵政民営化、と合わせてみると流れが同じなんだな、と思います。官僚機構をぶっこわすという意味においては。
ただ小泉改革の場合は官僚に取って代わる力はアメリカ資本であり、
今の民主党は官僚に取って代わる力は国民が選んだ政治家に、ということでありましょう。

マルクス主義だったか、どうなのか知らないけれど、昭和の時代は、かなり累進課税がきついとか、稼いでも税金で持っていかれるという話も聞いていて、がんばっても突出した金持ちにはなれない社会だったと思う。
なるほど、かなり社会主義的な社会だったんだな~と思い返すと面白いです。

それにしても、この先はどうすべきか?
人まかせでなく、ひとりひとりが真剣に考えて選び取っていかなければと思います。
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2008年9月リーマンショックの金融危機から日本の政治経済に目覚めた普通の主婦です。今までB層とバカにされていたと気がつきました。

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